リップスティックキラー事件(ウィリアム・ハイレンズ)

リップスティックキラー事件は
戦後アメリカで起こった連続殺人事件。

事件のあらまし


1945年6月5日、43歳の未亡人、ジョセフィン・ロスが
頭を殴打され、首を何度も刺されて惨殺された。

遺体には強姦された跡はなかったが
ロスの宝石や現金がなくなっていた。


同年12月、今度は海軍の元婦人部隊員
フランシス・ブラウンがアパートで殺害される。
首を刺され、銃弾を2発受けていた。

犯人は、壁に被害者の口紅を使ったとみられる
次のようなメッセージを残していた。

For heavens
sake catch me
before I kill more
I cannot control myself
(頼むからこれ以上誰かを殺す前に、僕を捕まえてくれ!
自分で(殺人を)コントロール出来ないんだ)

この時からロストブラウンを殺害した犯人は
「リップスティックキラー」と呼ばれるようになる。

年が明けた1946年1月6日
スザンヌ・デグナンという6歳の幼女が何者かに誘拐された。

これだけでは、リップスティックキラーの犯行と関係づけ難いが
テグナンの寝室の壁には
2万ドルの身代金を用意すること
警察には通報しないこと
を要求した脅迫状が残されていた。

テグナンが誘拐された翌日、自宅付近のマンホールから頭が
下水道から体の一部がそれぞれ発見された。

脅迫状とリップスティックキラーの筆跡が似ていたため
警察は同一人物の犯行と考え捜査を開始

6月窃盗で現行犯逮捕されたハイレンズの指紋と
殺害現場に残されていた指紋が一致

「ジョージがやった(ハイレンズの第2の人格)」と自白したため
リップスティックキラーとして逮捕された。


ウィリアム・ハイレンズについて


ウィリアム・ハイレンズはハイレンズは
1928年11月15日にシカゴで生まれた。
家は貧しく、両親の喧嘩が絶えなかった。

ハイレンズは11歳のとき
偶然カップルの性交を目撃していまう。

それを母親に言うと
「セックスは不潔で汚い、悪いことで病気の元」と教え込まれる。

ハイレンズは性的に早熟だったが
禁欲的な母の影響で自分自身の性衝動を忌み嫌った。

ガールフレンドとキスしただけで泣き出し
吐いてしまうということもあった。


ハイレンズは普通の男の子のように彼女を作って
という方向には進まず

女性の下着を盗み、身に付けることによって
快感を覚えるフェティシズムに目覚めてしまった。

14歳までに銃の不法保持、強盗、放火を繰り返していたハイレンズは
逮捕後更生施設に送られる。

その後シカゴ大学に進学したハイレンズだったが
女性の部屋に忍び込み強盗を働くという性的衝動は抑えきれず
それがエスカレートして、ついに殺人を犯してしまう。

壁に残したメッセージは
殺人そのものにエクスタシーを感じる自分自身をコントロール出来ない
悲痛な叫びだったのである。


ウィリアム・ハイレンズの逮捕とその後


ハイレンズは自分が犯した殺人事件について自供した。

「性的サイコパス」と精神科医に断定されたハイレンズは
1946年7月、3件の殺人に加え
26件の強盗により3度の終身刑を宣告された。


そしてイリノイ州刑務所に服役し
2012年3月5日に83歳の生涯を閉じた。



ロバート・K・レスラーが
この事件をきっかけに犯罪心理学に興味を持ったことと

逮捕された時の安堵したハイレンズの表情が
印象に残っているので、忘れられない事件のひとつです。


ハイレンズ母親の
「セックスは病気の元」という一言が
その後の彼の人生を決めてしまったというのは
言いすぎでしょうか?

もし、ハイレンズがセックスに罪悪感や嫌悪感を持たずに
普通に過ごしていたら…


フェティシズムがエスカレートする自分を抑えようと
本を読み漁ったり、自分の服をしまって鍵をかけて
外出できなようにするなど

ハイレンズは
衝動に任せて犯罪を犯すシリアルキラーの面と
それが悪であり、どうにかしなければならないと考えて
更生を試みるモラリストの面があるようです。

自分自身多重人格というのはほんとうにあるのかどうか
未だに疑問を持っていますが

ハイレンズのなかには
ウィリアムとジョージが本当に同居していたのかもしれません。

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